tokyoジャングル レオ日記

自由に変化していく人生をノンフィクションで綴ります。

誠意を持って立ち向かう。。

レオblogをご覧の皆様。

はじめまして。

神谷 レオと申します。

唐突ですが、私が今回このブログを開設するに至った『経緯』と『目的』を綴らせていただきます。

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私が生まれ育った場所は高知県の緑と海に囲まれた、とても小さな村です。

小さな頃は、村一番のヤンチャ坊主でした!w(母いわく、野に放たれたサルの様だと。(-_-;)
それはそれは、自由にのびのびと育ちました。🐒

家族は、両親と姉が二人。それと僕を入れての5人家族です。

父親の仕事が建築業だった為に、小さい頃から建設現場の手伝いをしていました。
子供ながら、そこでは既に今と変わらない「大人の社会」でした。

そうです。小さいながら、礼儀作法や仕事内容
道具の使い方や、建設重機の操縦の仕方まで。
全て覚えてしまったのです。

まぁ、私にとっては子供ながら凄く楽しい世界で、
あぁ、このまま父親の会社を継ぐのだろうと思っていました。

そして高校生になり、本格的に建築の勉強に打ち込もうと、建築科に入学したのです✏️
高校生活では、小さい頃からの建設現場の知識が付いていたために、学校一の成績でした。(自分で言うのもあれなんですが…)

建築デザインコンペでは、三年連続入賞。
その他のコンペティション等でも数々の入賞成績を修めた結果、卒業時には県の生徒児童表彰も頂きました。(僕にしては頑張った💦)
そしてそのまま建築の専門学校に入学し、
そちらでも申し分のない成績で卒業させて頂いたのです。

さぁ、順調にここまで歩いてきました。
後は、父親の会社を継ぐ!ただそれだけ‼️

僕 『お父さんの会社を継ぎたい!』
父は凄く喜ぶのだろうと思っていました。

しかし

父親『駄目だ!…5年は外の飯を食ってこい!!』

僕『・・・・・・……………。』
『じゃぁ、東京に行きたい…。』

恐る恐る口にしました。

父親『駄目だ!日本に留まるな!』

僕『ぇえっ!!゚+。:.゚(*゚Д゚*)゚.:。+゚』
『いや、英語喋れないし、国内で許してください。(-_-;)』

と、まぁ、この様なやり取りがあったわけです。

かなり意外な回答が出てきたので、なんだか複雑な気持ちだったのは覚えています。

社会人のスタートは、なんとか東京で許してくれました…。(かなり恵まれてる!w)

そして、東京の不動産に就職が決まる訳です。

着なれないスーツを着て、履きなれない革靴を履き、上京。。
これからどんな楽しい社会人生活が待っているのだろう♪o(^o^)o

それはもうワクワクでした。

しかし、入社してたったの1ヶ月で『解雇』されてしまったのです。

その会社のかなり厳しいノルマを達成出来なかったのです。…

頭の中は真っ白でした。

新社会人たったの1ヶ月で職を失ったのです。

当時の僕の頭の中

(上京するときに、大口叩いて出てきたなぁ…)

(このまま帰れるわけないよな。)

(次の仕事どうしよう…)

(やっと見つけた職場だったのに…)

(親に、彼女に、友達になんて言おう…)
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と、不安とネガティブな考えが
頭の中に溢れかえってたのです。

これが社会か…。

ここまで厳しいとは思ってなかった。

最後に会社のオフィスを出ていくとき、
みんなの前で号泣した。

僕の知ってる社会とは全然違う世界だった。

泣いた。泣いた。

悔しかった

出来ない自分、皆の期待に応えられなかった自分。
全てが悔しかった。

考えた。ひたすら考えた。

最後には
「諦めたくない」

その答えが僕を奮い立たせたのです。

そして、この結果になり
身を持って体験した末に
もうひとつ僕の夢が出来たのです。

当時悔しくてどうしようもない自分を支えてくれた、大好きな歌や、映画。

僕は歌手と俳優になろうと決めたのです。

父親の会社を継ぐのをやめて
芸能界と言う更なる厳しい世界に飛び込んだのです。

何だろう?…
この経験をしたから、肝が据わったのかな?w
もちろん、デビューできる根拠も保証もどこにもありません。

ただの挑戦でしかなかったのです。

両親には手紙を書きました。

帰って来た返事は、
「手紙ありがとう。
了解致しました。自分の人生、思いっきり頑張って下さい。お父さんとお母さんは毎日心のなかで祈っています。どんな辛い事も全て相談に応じます。
息子が一生懸命頑張っている様で、大変嬉しい気持ちです。大切な我が息子へ。。。」


また泣きました。
一人で号泣しました。
身が引き締まる思いと同時に、なぜか優しい気持ちになったのです。

自分と向き合う覚悟。そして、
相手と向き合う覚悟。

そして、どんな辛い時でも
優しい気持ちを忘れないこと。
感謝を忘れないこと。

その時に心の中で新たな気持ちが芽生えました。

一人でも多く、僕の出来る事で
僕がして貰った様に、優しい気持ちになって欲しい。

そんな想いが今回のblog開設に至った『経緯』です。

一見、在り来たりの上京物語だと感じるとは思いますが、
人は他人が見るとそうでもないと思うものも、自分の事だと大事件、大惨事、大事だと感じるそうです。

そして、共感して下さる方々もいると思います。
僕は、時代に負けないように、時代に変えられないように、
同世代や社会人間もない方々の心に、少しでも寄り添えられる事が出来ればと、
このblogを綴ります。

それが僕の『目的』です。

このblogを読んで下さるあなたの為に。
厳しい世界に誠意を持って立ち向かい続けます。

reo.